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快楽と喜び

快と不快

動物は、お腹が空くとエサを食べます。例えば、ここにワニが居るとします。ワニの目の前に食べごろな動物がいて、襲い掛かりました!
うまく捕まえて食べ、満腹すると、ワニは満足します。食欲が満ちた「快」の状態です。しかし、逃げられてしまった場合、ワニは空腹のままで食欲が満たされず、イライラします。つまり「不快」な状態です。これが「快」と「不快」というものです。本能的な欲求に基づくもので、満たされれば「快」、満たされなければ「不快」です。
「快」はその場限りのもので、どんなにたくさん食べて満足しようと、少し時間が経てば消えてしまうものです。「飽くなき欲望」なんて言いますが、欲を満たすことで得られる快楽は全てこれと同じです。満足できるのはほんの一時的で、すぐにまた飢えるのです。
昨日どれだけ美味しいものを食べても、今日はもう空腹ですし、今日の食事が不味ければ不快になります。昨晩どんなにぐっすり眠っても、また夜には眠くなりますし、何月何日によく眠れたから今の自分が幸せということもありません。

喜びと悲しみ

人間は、お腹が空いても何か食べるとは限りません。あなたがダイエット中だったとします。目の前においしいケーキがあって、もちろん食べたいのですが、食べません。当然食欲が満たされず「不快」です。しかし、あなたにはスマートで魅力的な体形を得るという「望み」があるのです。あなたはケーキを食べないことで自分の「望み」がかなうと「信じ」、肉体的欲求から来る「不快」を乗り越えて、長い間忍耐します。ワニだったら絶対食べるのですが、人間は目先の食欲よりも将来の夢の実現のために耐えるのです。
やがて、 あなたの体は徐々に細くなり、「喜び」を感じ始めます。信じてきたことが「確信」に変わり、ますます熱心に努力し、楽しく忍耐します。そして、ついに当初望んだ体形に至った時、あなたは大きな「喜び」に満たされるのです。
もし途中でくじけ、食欲のまま食べてしまった場合は、一時的な快楽と引き換えに、痩せないばかりか太ってしまうなどして「悲しみ」に満たされます。
このように人間は肉体的欲求を抑え、長らく忍耐した結果、自分の望みをかなえて喜びを得ます。そしてこれは快楽とは違って、持続できるものです。

幸せ

人間にとって、『楽しい』ことは『幸せ』とは限りません。多くの場合欲を満たすことは楽しく魅力的で、満たさないことは辛く楽しくないものです。そして、欲を満たすことはいつも悪いわけではありませんが、快楽を求めるばかりでは、いつまで経っても持続的な喜びに到達できません。
大学受験に合格したいと望みながら、長く眠ったり、テレビを観たり、遊んだりしていては失敗します。目先の楽しみを犠牲にして努力した時に、望みがかなって合格し、喜びを得ます。そして、大学合格は過ぎ去ることのない努力の報いとしてあなたの人生に刻まれるのです。楽しむことも大切ですが、どれだけ眠ったか、何時間テレビを観たか、何曲カラオケを歌ったかなんて一時的で、何も残りません。
性欲は食欲、睡眠に並ぶ3大欲求の1つです。大きな快楽が得られます。他の欲求と違うのは、自分自身が生きるために必要ではなく、子どもができることです。子供ができることは、望むならとてつもない喜びです。若いのに子どもができては困るセックスをしているのなら、あなたは快楽のために体を使っています。その場限りの楽しみに身も心も注いでいて、感染症や妊娠や望む相手に見捨てられる危険があります。喜びと幸せを得るには性欲をコントロールし、愛する伴侶と楽しんでください。

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